■ 虎渓山の歴史年表
西暦和暦備 考
-463 4月8日釈迦生誕
530禅宗初祖 北魏末に中国に来たインド僧達磨 没
538百済の聖明王が使者を通して仏像や経典を日本に送る
700臨済・曹洞・溈仰・雲門・法眼の5家に分れ,さらに臨済より黄竜・楊岐の2派が出るのを合わせて五家七宗とよぶ
866臨済義玄 没
1227道元が曹洞宗を伝える この頃五家七宗は臨済宗楊岐派と曹洞宗の2派のみとなる
1267文永4年中国で虚堂智愚の法を継いだ南浦紹明大応国師によって現在の臨済宗が伝えられる
1271文永8年土岐頼貞 土岐光定の七男として生まれる。母は執権北条貞時の娘。
1274文永11年10月5日蒙古軍が対馬の西海岸に達する(対馬の戦い、文永の役の始り)
1275建治1年夢窓疎石 伊勢国(三重県)出身。幼少時に出家し、母方の一族の争いで甲斐国(山梨県)に移住する。
1281弘安4年元翁本元 三河設楽郡大草(新城市)で生まれる
1281弘安4年5月21日東路軍の一部、元船500余隻が対馬に侵攻する(弘安の役の始まり)。
1294永仁3年夢窓疎石 鎌倉の東勝寺で無及和尚に就かれる?
1295永仁4年元翁本元 鎌倉の東勝寺で無及和尚に就かれる?
1299正安1年10月8日元の使僧の一山一寧が鎌倉に来て国書を進呈する。
1299正安1年夢窓疎石 建長寺一山一寧の元で首座を勤める
1300正安2年松島(瑞巌寺)と那須・雲巌寺に逗留 坐禅窟あり
1303嘉元1年夢窓疎石 鎌倉万寿寺の高峰顕日に禅宗を学ぶ
1305嘉元3年夢窓疎石 浄智寺で印可を受ける 常陸国臼庭にて大悟 海岸の坐禅窟あり
1311応長1年夢窓疎石 甲斐国牧丘の龍山庵(浄居寺)に一時隠棲 坐禅石あり
1312正和1年夢窓・元翁 三河の大徳寺に逗留
1313正和2年6月18日夢窓・元翁 虎渓に住む
1314正和3年2月永保寺無際橋創建
1314正和3年5月永保寺観音堂建立
1317文保1年夢窓虎渓を去る
1325正中2年元翁夢窓に伴い京都へ
1328嘉暦3年9月元翁鎌倉万寿寺に住持
1329元徳1年10月11日元翁南禅寺十一世住持
1330元徳2年10月25日元翁本元臨川寺開山となる
1331元徳3年3月1日元翁本元南禅寺を去る
1332正慶1年7月4日佛徳禅師 没 55歳
1339暦応2年土岐頼貞 没 68歳
1339暦応2年3月27日光明天皇綸旨
1341暦応4年8月果山正位 保寿院創建 本尊如意輪観音
1342康永1年7月4日玉霄正賝 続芳院創建 本尊観世音菩薩
1351観応2年8月天霖正濡 徳林院創建 本尊観世音菩薩
1351観応2年9月30日夢窓疎石 76歳
1352文和1年足利尊氏 開山堂(僊壺堂)建立
1358延文3年5月月堂宗圓 奥蔵寺創建 本尊観世音菩薩
1370應安3年8月19日保寿院果山正位 没 佛徳禅師法嗣 崇禅寺寂 
1455康正1年康正年間の火災
1478文明10年永保寺無際橋再建
1553天文22年1月元禄8年化縁簿に「天文22年春王上浣羅回禄之変」方丈斎堂平重門尽作灰燼とある
1554天文23年8月21日康寧軒聴松庵開基 春輝の法嗣 永保寺世代断絶これより輪番となる
1585天正13年11月29日飛騨地震(天正地震)
1615元和1年寺院法度 府が本格的に寺院統制を打ち出した法令で,本末制度・檀家制度による寺院の権力増大を抑制する内容を強調している
1673寛文13年南禅寺との本末関係復活
1684貞享1年貞享年間の火災
1695元禄8年天文22年火災以来140年間は本堂庫裡が無い
1719享保4年無際橋架け替え方丈修理
1728享保13年2月9日享保事件
1758宝暦8年9月永保寺鐘楼再建
1788天明8年2月13日全亀乱入事件
1789寛政1年4月17日南禅僧堂師家 萬岳明拙和尚没 本山より永保暇住として派遣
1830天保1年春応禅悦により僧堂開単 虎渓僧堂師家就任
1841天保12年春応禅悦 春に虎渓を去る
1841天保12年敬雲宗慈 虎渓僧堂師家就任
1844弘化1年6月永保寺六角堂再建
1848嘉永1年1方丈再建化縁帳
1851嘉永4年4月火災により続芳・万松・徳林・類焼
1854安政1年11月4日安政地震
1854嘉永7年11月続芳院本堂再建
1855安政2年雪航孜純 虎渓僧堂師家就任
1857安政4年4月永保寺無際橋再建
1863文久3年2月永保寺禅堂侍者寮建立虎渓僧堂再建普請完成
1868明治1年明治政府によってとられた神仏分離政策に伴い寺院を破却し僧侶を還俗させ仏教を廃止する廃仏毀釈が起きる
1869明治2年徳林院本堂庫裏再建開始
1869明治2年蓬洲禅苗 虎渓僧堂師家就任
1869明治2年3月徳林院本堂再建
1871明治4年1月5日社寺領上地令により寺領が国有となる
1875明治8年2月27日永保独住一世蕙芳惠薫任命
1877明治10年1永保寺無際橋再建
1881明治14年6月柏樹軒虎渓僧堂師家就任 僧堂再開単 開山仏徳禅師550年遠諱
1886明治19年高源室虎渓僧堂師家就任
1891明治24年10月28日濃尾震災 本堂庫裡被災
1893明治26年9月永保寺庫裏玄関再建
1894明治27年12月永保寺本堂再建
1896明治29年蔵暉室虎渓僧堂師家就任
1901明治34年3月20日永保独住一世蕙芳惠薫 没 (15世以後輪番)
1905明治38年五峰庵虎渓僧堂師家就任
1915大正4年保寿院本堂再建 開山堂新築
1921大正10年1擔雪軒虎渓僧堂師家就任
1927昭和2年本堂改造・玄関・庫裡・鐘楼・禅堂新築
1933昭和8年栽松軒虎渓僧堂師家就任
1941昭和16年雲龍窟虎渓僧堂師家就任
1944昭和19年12月7日東南海地震
1950昭和25年臥雲軒虎渓僧堂師家就任
1954昭和29年吸江室虎渓僧堂師家就任
1978昭和53年香南軒虎渓僧堂師家就任
1981昭和56年永保寺諸堂改築庭園整備
1987昭和62年無際橋修復
1990平成2年碧天閣建立
2002平成14年1万仭軒虎渓僧堂師家就任
2003平成15年9月10日午後9時20分永保寺庫裡出火大玄関本堂全焼
2007平成19年8月31日永保寺庫裡竣工